遺産分割審判において配偶者居住権の取得が認められた事例
【横浜家審2023(令5)年6月14日 家庭の法と裁判51号108頁】
【事実の概要】
X(申立人)は、亡A(令和2年死亡)の養子であるが、亡Aの妻である83歳となるY1(相手方)、AとY1間の実子Y2(相手方)及び亡Aの養子であるY3(排除前相手方)を相手方として遺産分割の申立をしたが、Y3は、自己の相続分をXに譲渡したため、本件手続から排除された。なお、X及びY3はいずれもY1の実子であった。亡Aの遺産は、建物2棟(以下、「本件建物」という。)、その敷地(以下、「本件土地」といい、「本件建物」と併せて「本件不動産」という。)、預金及び現金であった。
Y1は、本件建物で亡Aと居住し、亡A死亡後も一人で居住していたが、存続期間をY1の終身の間とする配偶者居住権を取得し、今後とも本件建物に居住することを希望していた。Y2は、配偶者居住権が設定された本件建物を取得することを了解していた。Xは本件不動産の取得を希望しておらず、相続分を金銭で取得することを希望していた。
配偶者居住権は、令和2年4月1日に施行された改正民法によって認められたものであるが、その成立要件は、①被相続人の配偶者が、被相続人の財産に属していた建物に相続開始の時に居住していたこと、かつ、②遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき又は遺贈の目的とされたとき(民法1028条1項)である。また、上記「遺産の分割」には、遺産分割の審判も含まれるが、遺産の分割の請求を受けた家庭裁判所は、①共同相続人間に配偶者が配偶者居住権を取得することについて合意が成立しているとき、又は、②配偶者が家庭裁判所に対して配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出た場合において、居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるときは、配偶者居住権を定めることができる(同法1029条)。これは、審判には既判力がないため、紛争の蒸し返しを防ぐためである。
また、配偶者居住権の価額の算定方法については、公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会の定めた評価方法のほかに、簡易な評価方法として、相続税における配偶者居住権の算定方法が定められている。本審判は、この簡易な評価方法を採用している。
なお、本件では、Y3に特別受益が認められるか否かが実質的な争点であった。
【本審判の概要】
本審判は、当事者全員が、本件における配偶者居住権の評価について簡易な評価方法により、188万6241円とすることを合意したと認定した。なお、簡易な評価方法は、本件土地及び本件建物の合計現在価格356万4660円から、負担付き本件建物所有権の価額0円(法定耐用年数超過のため)及び負担付き本件土地所有権の価額167万8419円(本件土地の現在価額に83歳女性の簡易生命表上の平均余命10年を存続期間とするライプニッツ係数を掛けたもの)を控除して算出するというものであった。
次に、本審判は、Y3が特別受益として1400万円の限度で持ち戻すことになり、Xは、これを前提とする相続分の譲渡を受けたことになると認定した上で、具体的相続分及び具体的取得分を認定した。
本審判は、分割の方法につき、「Y1は、亡Aの配偶者であり、相続開始の時に本件不動産に居住していたところ、本件建物について配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出ており、Y2は、配偶者居住権が設定された本件建物の取得を了解している。そうすると、Y2の受ける不利益の程度を考慮してもなお、配偶者であるY1の生活を維持するために特に必要があると認められる。したがって、Y1に本件建物につき存続期間を同人の終審の間とする配偶者居住権を取得させ、Y2に本件不動産の所有権を取得させるのが相当である。」とした上、預金及び現金についてもY1に取得させるが、その取得分は具体的取得分を357万7475円超過することになるから、Y1は、代償金として、Xに対し、263万6737円を、Y2に対し、94万0738円を支払うことになると判示した。
【ひとこと】
配偶者居住権は施行後間もない制度であって、本審判は、配偶者居住権の成立要件及びその評価方法に関する裁判例の一つとなるものである。