相続人の一人が受領した死亡保険金の特別受益該当性
東京高決令和6年8月29日家法59巻74頁

【当事者等】

被相続人
相続人らの母(令和元年死亡)
相続人
長女X(抗告人、原審申立人)と長男Y(相手方、原審相手方)の2人
長女X
高校卒業後、概ね契約社員として稼働し、平成6年に実家を出て自立し、平成7年7月に夫と婚姻し、3人の子をもうけ、育児休業以外の期間は契約社員として稼働を継続
長男Y
大学を卒業し、就職したものの、平成8年に退職。被相続人が平成19年に夫A(当事者双方の父、平成13年死亡)との自宅(実家)を売却するまで、実家で生活。平成19年の実家売却後は、被相続人が購入した本件マンションにて、被相続人と共に、本件マンションに居住。

 

【事実関係】

平成13年
被相続人の夫A、死亡
平成30年頃
被相続人、入院するに際し、死亡保険金の受取人を、XとYの2人から、X1人に変更
令和元年
被相続人、死亡 相続人はXとYの2人
 
X、本件保険の死亡保険金として、531万9946円を受領

 

【争点】

 Xが受領した死亡保険金531万9946円が特別受益に該当するか。
 なお、この点については、最二決平成16年10月29日民集58巻7号1979頁は、死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は原則として特別受益に該当しないとしつつ、「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である」として、一定の例外を認めた。特段の事情の有無については、「保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである」とした。

 

【原審(横浜家裁川崎支部審判令和5年4月14日)】

  • 遺産の範囲、評価等
    「(1)被相続人の遺産は、別紙2遺産目録2記載の建物(以下「本件マンション」という。)であったが、これを申立人と相手方が協力して売却し、売却代金から諸経費等を控除した別紙1遺産目録1記載の現金363万3323円を本件遺産分割の対象とする旨合意した。
    (2)その他、本件記録によれば、本件遺産分割の対象となる被相続人の遺産は、別紙1遺産目録1記載の現金と認めるのが相当である(以下「本件遺産」という。)。」
  • 特別受益該当性(肯定)
    「申立人(X)が受領した保険金の額は531万9946円で、本件遺産の総額363万3323円より多い上、相手方(Y)には、被相続人の生前から同人と本件マンションに居住していたところ、本件遺産分割のために、本件マンションから退去し、これを売却することを余儀なくされたなどの事情があり、これらの本件記録に顕れた諸般の事情を総合考慮すると、上記保険金受取によって、申立人(X)と相手方(Y)との間に是認し難い不公平が生じているというべきであり、民法903条を類推適用し、申立人(X)が受領した保険金を特別受益に準じて遺産に持ち戻すのが相当である。
     もっとも、前記2(2)のとおり、被相続人が支払った保険料は総額192万円であり、死亡保険金を形成するために遺産から支出された金額は192万円程度と認められるので、特別受益に準じて持ち戻すのも、192万円を限度とするのが公平に資し相当である。」

 

【本決定】

  • 遺産の範囲、評価等
     原審と異なり、相続人の遺産は、①現金363万3323円に加え、②本件マンションであるとした。そして、抗告人(X)及び相手方(Y)は、抗告人(X)が遺産分割調停の申立てをした後、本件マンションを売却することを合意し、令和4年9月30日、本件マンションを代金2000万円で同社に売却する旨の売買契約を締結し、同年12月23日、同社から本件マンションの売買代金として、それぞれ1000万円、合計2000万円の支払を受け、仲介手数料等諸費用の清算をしたと認定した。相手方(Y)は、被相続人の死亡後も本件マンションに居住していたが、売却のために退去した。
  • 特別受益該当性(否定)
    「本件マンション売却前の被相続人の遺産は、本件遺産(現金363万3323円)及び本件マンションであり、本件マンションは、その後、代金2000万円で売却されたことが認められる。そうすると、本件マンションの遺産としての評価額は、売却価格と同額の2000万円とするのが相当であるから、被相続人の遺産の総額は、本件遺産の評価額363万3323円に本件マンションの評価額2000万円を加えた2363万3323円であると認めるのが相当である。
     一方、前記2の認定事実によれば、抗告人(X)が保険金受取人として受領した本件保険の死亡保険金の額は、531万9946円であるから、この額の上記遺産の総額に対する比率は、約22.5%(531万9946円÷2363万3323円≒0.225)となる。
     また、前記第1の1(2)及び前記2の認定事実によれば、抗告人(X)及び相手方(Y)は、いずれも被相続人の子であるが、抗告人(X)は、高校卒業後に契約社員として稼働し、平成6年に実家を出て自立し、その後結婚し、両親である亡A及び被相続人から経済的に独立した生活を営んできたこと、一方、相手方(Y)は、大学卒業後に就職したが、平成8年に退職し、両親である亡A及び被相続人の所有する実家で長年、両親と同居し、被相続人が平成19年に実家を売却して本件マンションを購入した後は、本件マンションで被相続人と同居していたことが認められ、相手方(Y)が実家や本件マンションに居住するについて、亡Aや被相続人に家賃又は使用借料を支払っていたなどの事情は、一件記録を精査しても窺われないから、相手方(Y)は、亡Aや被相続人から、少なくとも実家や本件マンションに無償で居住する利益を付与されていたということができる。なお、一件記録を精査しても、相手方(Y)が被相続人と同居していた間、被相続人の介護等に貢献したなどの事情は窺われない。
     以上のことに加えて、前記第1の2(2)で認定したとおり、抗告人(X)及び相手方(Y)は、被相続人の遺産であった本件マンションの売買代金2000万円を1000万円ずつ取得したことも踏まえると、相手方(Y)が、本件マンションの売却のために本件マンションから退去し転居費用の負担が生じたことを斟酌しても、抗告人(X)が本件保険の死亡保険金を取得したことによって、抗告人(X)と相手方(Y)との間に、民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しい不公平が生じたとまではいえない。
     したがって、本件保険の死亡保険金531万9946円については、民法903条の類推適用により特別受益に準じて持戻しの対象とすべきものということはできない。」

 

【コメント】

 死亡保険金の特別受益該当性の判断にあたっては保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率が重要な考慮要素であるところ、原審と本決定では、遺産の範囲、評価等に関する事実認定が異なっており、この点が結論を左右したものと考えられる。