相続放棄の申述が民法915条1項所定の熟慮期間を徒過したとして却下した原審判を取り消して、相続放棄の申述を受理した事例
【東京高決2025(令7)年9月2日 家庭の法と裁判63号62頁】

〔事案の概要〕

 被相続人は、Aと亡Bの三男であり、X(申立人・抗告人)は二女であった。被相続人は、平成12年ころから令和5年に死亡するまでXら兄弟とはほとんど没交渉であり、自宅アパートでいわゆる孤独死した。Xは警察からの連絡で被相続人の死亡の事実を知った。唯一の相続人であったAは、令和6年1月に被相続人死亡の事実を知り、同年2月22日、水戸家裁土浦支部に相続放棄の申述をした。その相続放棄の申述書には、申述の理由として「債務超過のため」との項目が選択されており、「相続財産の概略」欄は空欄、「負債」欄には「不明」と記載されていた。

 Xは令和6年9月6日、被相続人が居住していたアパートの管理会社から、同アパートの駐車場に被相続人の自動車が残されていることなどの連絡を受けた。この連絡により、Xは被相続人に自動車ローン等の負債が残されている可能性があることを認識した。

 そこで、Xは、令和6年11月19日、水戸家裁土浦支部(原審)に相続放棄の申述(本件申述)をしたが、その申述書の申述の理由欄には、「被相続人の財産の状況がまったく分からない」などと記載されていた。

 原審は、最高裁昭和59年4月27日判決を引用した上、被相続人の母であるAは、令和6年4月17日に相続放棄の申述が受理され、Xはこれを同月21日ころ知ったのであるから、このとき被相続人の相続人になったことを認識したと認められる。Xは、Aの相続放棄を知った時点で、被相続人の財産は全くないと認識していたと認めるに足りる事情はなく、かえってAが相続放棄をしたことで、被相続人の財産調査をする契機はあっということができるから、熟慮期間の起算日を遅らせる理由はないと判示して、本件申述を却下した。

 これを不服とするXが抗告した。

〔本決定の概要〕

 本決定は、次のような理由を判示して、原審判を取り消して、本件申述を受理した。

 本決定は、原審と同様、最高裁昭和59年4月27日判決を引用し、「民法915条1項所定の熟慮期間は、原則として、相続人が、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った時から起算すべきものであるが、相続人が上記各事実を知った場合であっても、上記各事実を知った時から3か月以内に相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において上記のように信ずるについて相当な理由がある場合には、上記熟慮期間は、相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識した時又は通常これを認識することができる時から起算すべきものと解するのが相当である」と判示した。

 そして、本件事案に照らすと、Xは、約25年にわたり被相続人とほとんど没交渉であったため被相続人の資産や負債については何も知らなかったところ、被相続人が居住していたアパートの管理会社からの電話連絡を受けたことにより、被相続人に負債がある可能性があることを初めて認識したものである。そうすると、Xが自己が法律上相続人となった事実等を知った時(令和6年4月21日頃)から3か月以内に相続放棄をしなかったのは、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであると認めるのが相当である。また、先順位の相続人であるAも被相続人の資産及び負債については具体的に認識していなかったことからすれば、Xが被相続人の相続財産について調査することは、Aの相続放棄の事実を知った後においても著しく困難であったというべきであり、Xが被相続人に相続財産が存在しないと信じたことについては、相当な理由があるというべきである。そうすると、民法915条1項所定の熟慮期間はXが上記連絡を受けた令和6年9月6日から起算されるものと解するのが相当であって、同日から3ヶ月以内である同年11月19日にされた本件申述は、上記熟慮期間内にされた適法なものである。

(ひとこと)

 同じ最高裁判決を引用しながら、その当てはめにおいて原審判と本決定では結論を異にしたものであるが、本件事案の内容に照らすと、本決定の判断の方が正当であるといえよう。