先月(9月)の中秋の名月の晩、兎は奈良、春日大社におりました。

以前、このコラム(其の七)でご紹介した奈良県立美術館館長の薮内佐斗司さんにご企画いただいた、観月の宴に参加するために。

広大な春日大社。明かりのほとんどない境内を、目的地の貴賓館に向かいます。遠くには、うすぼんやりと鹿のシルエットが浮かびます。

きっと古の時代から変わらない景色だろうな、と思いながら、砂利道を急ぎます。

中秋の名月を愛でて宴を催す風習は、平安時代に中国から入ってきたようです。兎のバイブルである『枕草子』の第九十六段には、「(旧暦)八月十餘日の月明かき夜、右近の内侍に琵琶ひかせて、端近くおはします。これかれものいひ、笑ひなどする(以下略)」といった話が書かれています。

貴賓館の一室から美しい庭を眺め、祇園の笛の名手である芸妓さんが奏でる美しい音に耳を傾け、ありがたくも神職さんに酒食を振る舞っていただくうちに、非現実感がますます強まります。

兎は、室内におわす十名程度の紳士淑女に、心の中で衣冠束帯、十二単をまとわせます。うん、まさに平安時代の宮中はこんな感じではなかったか。

この夜、うれしいことに、宴の途中で月が雲間から顔を出してくれました。そして、優雅な月の宴が終わりを迎え、帰りのタクシーを待つ間に、雨がしとしと降り始めました。 

翌日、兎は、長谷寺を詣でました。

兎が到着すると、ちょうど12時の法螺貝の音が出迎えてくれました。『枕草子』にも、長谷寺の法螺貝の音の話が登場していたっけ。

そして、十一面観音サマにお会いすべく”いとをかし”な登廊(のぼりろう)を上っている途中、なんと、蔵王権現(このコラム其の参を見てね)にもお会いできてしまった。

『更級日記』や『蜻蛉日記』の筆者も長谷詣でをしていますが、当時の女性たちも、ここまでお詣りに来たなんてすごい。しかも、あの延々と続く石段を上っていたとは…

奈良で(!)平安気分を深~く味わった9月のお話でした。