夫婦間における婚姻費用の分担の内容を定めた合意の無効確認を求める民事訴訟の訴えの利益
最高裁一小判決令和7年9月4日
民集79巻6号2637頁
原審 東京高判令和5年9月27日
原々審 東京地判令和5年3月16日
家庭の法と裁判 No.62 55頁
【最高裁判決要旨】
夫婦間における婚姻費用の分担の内容を定める合意の無効確認を求める訴えは,確認の利益を欠くものとして不適法である。
【事案の概要】
X(原告・控訴人・被上告人)とY(被告・被控訴人・上告人)は、婚姻後別居状態となり、平成29年1月、YがXに対して婚姻費用として同月以降月額16万円を支払う旨の合意をした。
Xは、Yに対してより多額の婚姻費用の支払を求めて婚姻費用分担審判の申立てをしたところ,家庭裁判所は、上記合意時から,その前提とされた額よりもYの年収が多額であったと認定した上で,事情の変更により,上記申立て時以降につき,上記合意に基づく分担額よりも多額の分担額、具体的には変更後の分担額と既払額との差額及び令和4年9月以降月額29万円の婚姻費用等の支払をYに命ずる旨の審判をした。
本件訴訟は、上記合意時から上記審判申立て前までの間についても,より多額の婚姻費用の分担額を定める婚姻費用分担審判の申立てを改めてする前提として必要であるとして,Xが上記合意の錯誤による無効確認を求めた民事訴訟の事案であり,訴えの確認の利益の有無が問題となった。
【原判決及び本判決の概要】
(1)訴えの利益がないとして訴えを却下した第一審判決に対し、控訴審原判決は,本件訴えは、婚姻費用合意という過去の法律関係の無効を確定することを求める確認の訴えであるとした上で,婚姻費用合意が有効に成立した場合,事情の変更がない限り審判はできず,事情の変更があるとしてもそれが認められる時点まで異なる分担額の支払を命じる審判ができないから(解説者の見解:婚姻費用合意にこのような強い拘束力を認めてよいのかという問題がある),審判の申立てに先立ち,訴訟において婚姻費用合意が無効であることを確定することが紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要であるといえ,本件訴えは確認の利益を有するとして,訴えを却下した第1審判決を取り消し,本件を第1審に差し戻した。
(2)これに対し,上告審である本判決は,過去の法律関係であっても,それを確定することが現在の法律上の紛争の直接かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要と認められる場合には,その存否の確認を求める訴えは確認の利益があるものとして許容されるところ,婚姻費用合意がされたとしても,その合意以後,婚姻費用の分担の内容が固定されるものではなく,適時に新たな形成がありうるので,家庭裁判所は,婚姻費用合意の存否,効力及び内容のみならず,夫婦の収入,生活状況等の一切の事情も踏まえ,婚姻費用の分担額やその支払の始期等を検討し,分担の内容を新たに形成する審判をするものであり,また,分担の内容の形成ができない民事訴訟で婚姻費用合意が有効に成立したか否かのみ確認することをあえて認めるとすれば,家庭裁判所がその帰すうを待つことになり,適時に審判によってされるべき分担の内容の形成が遅滞することになりかねないから,婚姻費用合意が有効に成立したか否かについて別途確認の訴えをもって争うことを認める必要があるとはいえず,これを認めることが適切であるともいえないなどとして,婚姻費用合意の無効確認を求める訴えは確認の利益を欠くと判断し,原判決を破棄し,控訴を棄却した。
【若干の解説】
判例上、遺産分割審判とは別個に、遺言や遺産分割協議の無効確認につき,確認の利益が認められている。
しかし、婚姻費用の分担の内容の形成は婚姻費用合意の過去に遡ってすることができると解されるなど、確認の訴えをもって別途争うことを認める必要があるとはいえず,これを認めることが適切であるともいえないというのが最高裁の原判決破棄の理由の骨子である。
私人間の合意、私人の意思表示にどれだけの拘束力を認めるかによって結論が異なったのであろう。
なお、本最高裁判決には、以下のような実務上注意すべき記載がある。
「当事者が、婚姻費用合意が有効に成立したとしてもこれと異なる分担額を形成するよう主張しているときは、家庭裁判所は、審理の結果、婚姻費用合意に基づく分担額を改めるべき事情がないとの結論に達したとしても、申立てを不適法却下することなく、当該分担額と同額の分担額を新たに形成する審判をすることができる。」
これに従えば、婚姻費用や養育費の私的合意が有効に成立している時であっても、裁判所はこれに拘束されることなく、これを増額したり減額したりすることができることになるので、当事者は、婚姻費用等の私的合意が有効に成立しているとしてこれに安住することは危険である。
