相手方が分担すべき婚姻費用の額について、調停申立前における合意の成立を認めた原審を変更し、改訂標準算定方式に従って算定すべきとした事例
[東京高裁2023(令和5)年6月21日判決 判タ1520号55頁、家庭の法と裁判50号53頁]
[事実の概要]
- 妻Xは、某年3月20日、長女Aを連れて夫Yと別居した。
- 同年4月13日から14日にかけて、XY間で、以下のメッセージのやり取りがなされた(抜粋)。
X「私は今あなたの 2 人目の子を身籠っています。(中略)そちらが再構築が不可能と言うのならば仕方がありませんね。でも私はこの子を産みます。2 人分の養育費,慰謝料,私はまだしばらく働けないので生活費よろしくお願いします。それにて合意します。」
Y「生活費を渡していないので振り込みます。金額は,こちらも生活する上で食材等を購入する必要があるので5 万円とさせて下さい。振込先を教えて下さい。今後の事ですが、離婚に関しても話を進めていきませんか?」
「口座につきましては明日朝一で送ります。5万円で承服しました。ありがとうございます。私は2人分の養育費並びに慰謝料、今後私が働けるようになるまでの最低限の生活費、Aの今までの児童手当を頂けるのであればもう再構築は望みません。金額については私も分からないので、専門家と相談させて頂きます。」 - Xは、同年6月23日、長野家庭裁判所伊那支部に婚姻費用分担調停を申し立てた。
- 同支部は、XY間において婚姻費用額について合意が成立しており、その額を変更すべき事情変更も生じていないとして、Yに対し、Xに1か月あたり5万円を支払うよう命ずる審判をした。
- Xは抗告した。
[決定の概要]
「抗告人と相手方間において(中略)婚姻費用について,両者の収入等を踏まえて具体的な協議がされたとは到底いえない。」
「専門家ではない抗告人や相手方が別居中の婚姻費用と離婚に伴う養育費等の給付を区別できていたかも疑問がある。」
「抗告人は,14 日のやりとりの翌々月には,長野家庭裁判所伊那支部に婚姻費用分担調停を申し立てている。」
したがって、「婚姻費用の分担額について確定的な合意があったと認めるのは相当ではなく,後に両者の収入等を踏まえて具体的な協議や審判手続等を経て婚姻費用の分担額が定められるまで,とりあえず暫定的に支払われる額について提案と承諾がされたにとどまるものと認めるのが相当である。」
として、Yに対し、改訂標準算定方式に従って算定した婚姻費用(1か月あたり11万円)の支払いを命じた。
<ひとこと>
調停申立前における婚姻費用額の合意の成否について、当事者間の遣り取りの経緯や内容、その他の諸事情を丁寧に検討して判断したものであり、実務上参考となる。