1 甲さんからの相談

 甲さん(60歳)は、自宅及び賃貸アパートを所有し、自宅で一人暮らしをし、賃貸アパートの家賃収入で生活しています。家族は、長男(35歳)と次男(33歳)がいますが、いずれも既に結婚して別所帯を持っています。
 将来、認知症となったらどうなるか不安です。生前贈与による相続税対策も行いたく、信託を検討しています。

 (基本方針)

  甲さんが自宅及び賃貸アパートを信託財産として長男に信託譲渡する、という内容の信託契約を締結します。

具体的には…

  ① 委託者(財産を拠出する人)は甲さん

  ② 受益者(信託の利益を受ける人)も甲さん

    ※このように委託者=受益者となる信託を「自益信託」といいます。

  ③ 受託者(信託財産を管理処分する人)は長男

  ④ 信託目的

 甲さんの生活・介護・療養・納税等に必要な資金を給付して甲さんの幸福な生活・福祉を確保した上、信託財産の充実を図り、生前贈与等による減税対策を行いつつ、信託し た財産を子孫に承継すること。

  ⑤ 信託財産

    自宅・賃貸アパート(信託不動産)、現金○○万円(信託金融資産)    など

  ⑥ 信託期間

    甲さんが死亡するまで

  ⑦ 利益相反行為に関する特約

    信託金融資産の状況に応じ、受託者(長男)は、長男及び次男に対し、一人あたり年間200万円を限度に贈与できる。
    ※この条項がないと、受託者は信託財産からの贈与を受けることができないため(信託法31条)。

  ⑧ 残余財産の帰属権利者

    長男と次男

    (信託契約の効果)

   ① 甲さんが認知症となっても、長男は、信託財産の所有者としてこれを管理処分できる。
     信託不動産の大規模修繕や買い換え等も長男の判断でできる。

   ② 長男は、自分勝手に信託財産の管理・処分はできず、信託目的に従って管理・処分する義務がある。

   ③ 長男が事業に失敗しても、長男の債権者は信託財産を差し押さえることができない。

   ④ 甲さんは、長男の財産管理能力を見て、不適任と考えれば、委託者兼受益者として、いつでも信託を終了させることができる。
     逆に、信託契約で、受託者の同意がなければ終了させることができないとすることも可能。

   ⑤ 信託設定時には贈与税等は生じない。ただし、不動産登記に伴う登録免許税は必要。

   ⑥ 信託財産の収益は甲さんの所得として課税される(信託設定前と同じ)。

   ⑦ 長男の判断で、長男と次男に対し、一人あたり年間200万円の限度で生前贈与ができる。

   ⑧ 委託者=受益者である甲さんの死亡により信託が終了すると、信託財産は残余財産帰属権利者と定められた子供たちが承継する。
     このとき、相続税が課税されるが、各種の 減税措置も受けられる(信託設定前と同じ)。

 2 民事信託を設定する場合の留意点

  以上はあくまで一例で、家族及び財産の状況に応じて、柔軟に方針や内容を組み立てていく必要があります。

  また、信託口口座の開設や、信託財産を担保に供して融資を受ける予定がある場合には、金融機関との事前調整も必要となるなど、信託設定には留意すべき多数の事項があります。

  実際に作成された信託契約に法的な問題があり、その有効性が争われた裁判例も複数ありますので、民事信託を設定する場合には信託分野の専門家に相談する必要があります。
  ぜひ、お気軽に、当事務所にご相談ください。