兎には、昔から、どうしても会いたい人がいました。

江戸の街で数々のベストセラーを世に送り出した版元、蔦屋重三郎(つたや じゅうざぶろう)です。

もしタイムマシンがあるなら、兎は真っ先に重三郎様に会いたい。そして、彼が見出した謎の絵師・東洲斎写楽の正体も見極めたい。

兎が重三郎様のファンになったのは、大河ドラマで話題になる遥か昔、まだ十代の頃でした。
写楽とは何者か?なぜ突然現れ、わずか十か月ほどで姿を消したのか?
その謎を追いかけて本を読み漁るうちに、兎は写楽以上に、彼をプロデュースした人物に惹かれていったのです。
重三郎様は、原石を見抜く目利きの力を持つ卓越したクリエイターでした。

さて、現代で「蔦屋」と聞けば、多くの人が蔦屋書店やTSUTAYAを思い浮かべるでしょう。
兎も例外ではなく、代官山T-SITEはお気に入りの場所で、足繁く訪れています。また、佐賀県の武雄市図書館にも伺いました。
いずれも、人々が自然に集い、くつろぎ、本や文化との新たな出会いを楽しむことのできる魅力的な空間が広がっています。

TSUTAYAや蔦屋書店を生み出したCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)。
その創業者である増田宗昭氏とは、どんな方なのだろう。

歴史に残るカリスマ経営者であることは間違いないでしょう。
ただ、兎は以前どこかで、「蔦屋書店の名前の由来は、創業者が蔦屋重三郎のファンだから」といった話を耳にし、勝手に親近感を抱いていました。

そんな兎に、先日、奇跡のような幸運が訪れました✨
ひょんなご縁から、増田宗昭氏にお会いする機会をいただいたのです。

実際にお会いした増田氏は、大経営者の威圧感を微塵もまとっていませんでした。
「今までプールで泳いでた」と、まさに水も滴るような姿で現れ、別れ際には「今から夕飯にたこ焼き食べに行く」とおっしゃる。その飾らなさに、思わず肩の力が抜けてしまいました。

しかし、穏やかな口調で物事の本質を語られる姿や鋭い洞察力は、やはり只者ではありませんでした。

もっとも、いくら洞察力に優れた増田氏であっても、目の前で堅苦しい言葉を並べる四角四面の弁護士が、心の中では「重三郎様〜💗」と勝手に盛り上がっているとは、想像もしておられなかったでしょうが…。

別れ際、増田氏から『二人の蔦屋』(川上徹也著/太田出版)という書籍を手渡されました。


こんな素敵なタイトルの本があるなんて!

まさに蔦屋重三郎と増田氏を対比したもので、読み物として滅法面白いだけでなく、これほど本質的なビジネス書もそうそうありません。
文化を創るとはどういうことか、人を喜ばせる仕事とは何かを、江戸と現代を行き来しながら紐解いていく名著です。

驚いたのは、お二人の生い立ちの一致でした。
蔦屋重三郎は江戸・吉原で生まれ育ちました。養親が営んでいた茶屋の屋号が「蔦屋」です。
一方の増田氏もまた、大阪府枚方で、祖父が営んでいた置屋「蔦屋」で生まれ育ったとのこと。

そして二人はそれぞれ、本とレコードという違いはありながら、レンタルビジネスから出発し、家業とは異なる出版・メディアの世界で歴史に名を刻むことになります。

ところで、『二人の蔦屋』によると、増田氏ご自身は、自らを蔦屋重三郎ではなく絵師・喜多川歌麿になぞらえているようです。
そうかなぁ。どう考えても、プロデュースされる側の絵師ではないと思うのだけれど。
顧客を喜ばせる企画力に、時代の一歩先を行く発想力。そして、文化が最も輝くための最高の場をデザインしてしまう圧倒的なプロデュースの器量は、蔦屋重三郎そのものではありませんか。

『二人の蔦屋』には、心に残る言葉も数多く登場します。

例えば、増田氏は、蔦屋書店とTSUTAYAという屋号の不統一について、
「日本文化の一番ええところは『曖昧さ』や」
「物事をとことん突き詰めて『何のためにやるの?』を極めると『曖昧でええやん』にたどり着く。たとえばまだTSUTAYAの名が浸透してない時に、無理にTSUTAYAを名乗ってもらうより、地元で愛されている元の屋号を名乗ったほうが通りがええし、加盟店の皆さんも愛着があるのだったら、それでええやん、と思うわけよ。」
と語っています。

これについて著者の川上氏は、「増田が一貫して大事にしてきたのは、『正しさ』ではなく『相手の気持ち』だったのかもしれない」と評しています。

仕事をするうえでも、人として生きる上でも大切な姿勢ですよね。

増田氏からは、ご著書『増田のブログ』もいただきました。

こちらは今、事務所のデスクの上に鎮座しており、兎はおみくじのようにパッと本を開いて、そのページを読むのを日課にしています。
そこには仕事のヒントになる言葉や、人を喜ばせるための視点が詰まっています。

十代の頃から会いたいと思い続けていた蔦屋重三郎。
もちろん、ご本人にお会いすることは叶いません。
でも、その志を現代に受け継ぎ、ますます発展させた素晴らしい方にお目にかかることができました。

現代の蔦屋重三郎である増田宗昭様
お会いできて、兎は本当に幸せでした!